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佐々木瑛太:泣ける選手になりたい

こんにちは。石原佳篤から引き継ぎました、投擲ブロック1年の佐々木瑛太と申します。
紹介にもあったように佳篤とはよくご飯に行きます。
よく自分たちの競技について話し合ったり、相談したりします。もっとも彼とは違い、やり投げのみを専門にしているため、相談することはできても相談を受け付けるのは難しいものです。いつも的確なことが言えず大変申し訳ない。多くの種目を練習している彼のことを尊敬しています。また中学、高校と頻繁に友達と外食することがなかったので、色々なお店を知ることができありがたいです。(※決して友達がいなかったわけではございません。)
「泣ける選手になりたい」
この目標は高校時代から抱いているものです。
私は高校2年の支部予選を9位で落ちるまでは試合中も試合後も泣いたことはありませんでした。結果が良ければ嬉しいと思う、悪ければ悔しいと思う、ただそれだけでした。
高校2年でインターハイに出場することを目標に練習をしていました。しかし、支部予選1ヶ月前に肘を痛め治療やリハビリが必要な状況になってしまいました。自分で言うのもおかしな話ですが、怪我を乗り越えて最低限の記録を出すために相当の努力をしたつもりです。しかし現実は非常なもので、50cm足りず都大会進出を逃しました。臍を噛む思いでした。現実を中々受け入れられず、何度も何が足りなかったのか考えました。
その答えは涙という形で現れました。大会まで、自分のやれることをやり切ったと言えるような努力をして、それでも結果が出なかったことに自然と涙が出てきたのだと思いました。
また、まだ体験したことはありませんが「嬉し泣き」という言葉を聞いたことがあると思います。これも自分の努力が形として報われたことによる、また応援してくれる周りの方々への感謝による涙だと思います。
そういう意味だと嬉し涙の方が独りよがりではないという点で次元が高い涙かもしれません。
何れにせよ涙が出る、すなわち疑いようのない努力をした証拠と考えられると思います。どんな結果であっても涙する、これが最大限の努力をした結果であると思います。だからこそ、「泣ける選手になりたい」というわけです。
そういう意味では昨日行われた関東新人で悔しい結果に終わったのにも関わらず、涙は一滴も出て来ませんでした。自分の努力不足を痛感しました。周りの人に置いていかれないよう一層の努力を心がけたいと思います。
明日は同じく投擲ブロック2年の守屋浩睦さんにお願いしました。守屋さんにはお忙しい中、半ば強引に引き受けていただきました。ありがとうございます。
守屋さんには、いつもさまざまな面でお世話になっています。話が上手で、知らないことをたくさん教えてくださるので、会話していてとても楽しいです。
特に筋トレに関しては、自分が初心者ということもあり、親身になって教えていただいています。いつも守屋さんが扱う重量には、ただただ圧倒されるばかりです。僕も守屋さんのようなムキムキになりたいと思いますが、まだまだ道のりは遠そうです。
明日の部員日記もこれからもよろしくお願いします。
拙い文章ではありましたが、最後までお読みいただきありがとうございました。
それでは、失礼いたします。