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谷川航太:花は散ったとて咲ける
こんばんは。辻さんより引き継ぎました、長距離ブロック2年の谷川航太です。
昨日は盛大な前振りありがとうございます。1年間、初めての部員日記は辻さんから受け取りたいと言い続けてきたのでリレーできて嬉しい限りです。
この紹介文は最後に書いています。何を書きましょうか?難しいですね。
決して書くことがないのではなく、書きたいことが多すぎます。まだ、出会って1年とは思えないほど多くのことがありました。
4月の不仲。私としては、右も左も分からない中、頼っていたつもりだったのですが(笑)。人見知りは良くないですね。今では笑い話です。
6月の秩父。突然「お参りとかお祓いとかいかね?」とLINEが送られてきたときは吹き出しました。大学生活1番の謎エピソードです(笑)。
漢祭り前日。これは辻さんのせいですね。
紺碧寮に入寮して良かったことの一つは、辻さんと一緒に過ごせたことです。私が悩んで、迷っているとき、逆にこちらが心配になるほど自分事のように考えてくれて、気持ちを共有してくれる。そんな先輩なかなかいません。1年間妥協なく頑張れたのは辻さんがいて下さったからです。私のお付きの先輩は最高の先輩です。
先日の記録会で5000mの自己ベストを20秒以上更新されていました。辻さんの最高にかっこいい姿が見られて、積み上げてきてものが結果として出て、私も非常に嬉しかったです。ただ、同時に悔しくもありました。辻さんの走りは強い。まだまだ差を感じますが、早く追いつきたい、追い越したい。まずは、一緒にポイント練習できる力をつけたいと思います。
これからも公私ともによろしくお願いします!
さて、昨日の辻さんの部員日記を読んで、いきなり知らない部員が登場して驚かれた方も多いかと思います。実は昨年の3月より仮入部として長距離ブロックにて1年間活動をさせていただいておりました。1か月ほど前に本入部となり、現在は長距離スタッフとして活動させていただいております。
初めての部員日記ということで、自己紹介をさせていただきます。
出身は群馬県甘楽町で、織田宗家ゆかりの城下町や桜が有名な長閑な町です。四季折々の景色が美しく、個人的には散歩やサイクリングをするのが好きです。ぜひ訪れてみて下さい!
出身高校は早稲田大学本庄高等学院です。長距離ブロックの江本コーチと佐藤広人さんには高校時代からお世話になっております。
さて、陸上の話になりますが、私は小学校2年生の頃から陸上を始めて、今年で12年目になります。父がテニスをしていた影響もあり、当時はテニスを習おうとしていました。スクールもいくつも回って決めていましたが、友達に長距離のクラブチームの体験に誘われたことをきっかけに、気が付けば私だけ陸上を始めていました。自分でも何故始めたのかよく覚えていないのですが、ここまで続けることになるとは思ってもいませんでした。
中学生時代は、顧問の先生方やチームメイトに恵まれて、全国大会や関東駅伝など大きな舞台を経験させていただきました。今の自分があるのは、間違いなく厳しくも楽しかったあの3年間のおかげです。なかなか直接はお会いできないので、この場を借りて感謝申し上げます。
話が逸れましたが、中学時代を「光」とするならば、高校時代からは「暗闇」といえるほど思うようにいかない時間が続きました。走りの感覚が噛み合わず、高校1年5月の5000m以降、今日まで自分本来の走りができたという実感がありません。高校時代を思い返すと辛かった思い出ばかり浮かびます。特に、最後の県高校駅伝の1区で大ブレーキをかけてしまったことは一生忘れられない出来事です。それでも、3年間やり通せたのは江本コーチと長距離ブロックの同期の支えがあったからです。これまでの競技人生を通して、人との出会いに恵まれてきたことは、自分の大きな財産だと思います。
長くはなりましたが、ここまでが高校までの振り返りです。県高校駅伝後、一時は陸上を辞めようと思いましたが、箱根駅伝を走るという夢が捨てられず仮入部という形で競走部に迎えていただきました。実績も記録もない選手を受け入れていただき、感謝してもしきれないです。この1年間、語り切れないほどの経験をしました。喜びも、楽しさも、苦しみも、悔しさも、色々な感情を味わいました。全てを書くとあまりにも長くなってしまうので、印象に残っている出来事を取り上げて書こうと思います。
2025/5/28(水) 離脱
夏までに結果を残さなければならず、6月末の日体大記録会に向けて焦って練習量を増やしたり、無理に動きを変えたりしたことで足底筋膜炎になり、ポイント後に歩けなくなりました。6月以降は苦手な暑さが厳しくなるとともに、記録会もほとんど無くなるので、ここでの離脱は非常に落ち込みました。思い返すと、朝起きるのも億劫なほど心が荒んでいたと思います。
そんな時期に、辻さんの部員日記にもあったように、辻さんに秩父に誘っていただきました。本当にありがとうございました。
治療院の方にも大変お世話になりました。治療を受けた後に痛みが急に消えた感動は鮮明に覚えています。
この怪我の期間、もちろん走れないことはマイナスでしたが、それ以上に気づけたこと、経験できたこと、変われたことがあり、走りだす頃にはプラスに捉えられていました。仮入部期間も年度末までになり、精神的にも余裕ができ、先を見据えながら練習に取り組めていたと思います。
2025/7/13(日) 早大記録会3000m (8'46"10) PB
前半のトラックシーズンの締めくくりとして3000mを走りました。当時の自己ベストが、中学時代に出した8’49”10でしたので、丁度3秒ベストを更新することが出来ました。3秒だけかよという思いもありつつ、止まっていた時計を4年ぶりに動かすことができ、純粋に嬉しかったです。これを浮上のきっかけに、夏で力をつけていこうという良いマインドで競技に向き合えていたと思います。
2025/8/28(木)~9/3(水) 花泉合宿
夏は苦手な暑さに苦しめられて、思うように練習が積めずもどかしい日々を送っていました。そんな日々の中で、花泉合宿の1週間前に辻さんが怪我で離脱しました。勿論本人が1番悔しかったと思いますが、私もショックでした。仮入部という立場でありながら尾瀬合宿と合わせて2回も合宿に参加させていただいておりましたし、辻さんの分までというのは烏滸がましいですが、誰よりも覚悟をもって臨んだつもりの合宿でした。周りにも驚かれましたが、自分でも驚くほど練習を消化することができました。一回り成長することができ、久しぶりに自分自身に期待ができるようになっていました。
2025/11/15(土) 5kmTT (14'56)
秋のトラックシーズンが不発だったなかで、練習の一環で走ったTTでしたが、ようやく14分台を出すことができ、積み上げてきた練習を一つ結果として出すことができました。思いがけずというよりは、狙って力通りの走りが出来たという感触でした。ここがスタートラインという気持ちもありつつ、これまで陸上を辞めなかったこと、続けてきた選択が少しだけ肯定された気がして純粋に嬉しかったです。
TTの後半きついところで、ジョグをしている辻さんとすれ違いました。何度目の登場でしょうか?(笑)怪我中にバイクで限界以上に追い込んでいる姿を見ていたので、「ここで耐えなくてどうする」と自分を奮い立たせて粘り抜きました。自分だけではなくて、チームに大きな影響を与えているなと贔屓目なしに思います。本当に辻さんには頭が上がりません。本当に1番尊敬しています!
2025/11/30(日) 日本体育大学記録会 DNS
14分台を通過点に捉えて、更に上を目指そうと思い準備をしていた日体大記録会ですが、直前にインフルエンザにかかって出場することが叶いませんでした。ようやく乗ってきていた矢先に出鼻を挫かれ、ベッドの中で呆然としていました。マスク、うがい薬、睡眠etc.…考えうる感染症対策はやっていたのですが、人生上手くいかないものですね。そして、年内残るレースが1レースとなりました。
2025/12/27(土) 早稲田大学記録会5000m (16'02"59)
ラストチャンス。意識しないようにはしていたのですが、どうしても過去の失敗経験から余計なことを考えて、余計なことをして、何も出来ないまま5000mが終わりました。ゴール後、悔しいという感情は沸かず、現実を実感できませんでした。何も感じず、ただひたすらに放心状態でした。初めて涙を流したのは、競技会終了後。辻さんとグランドを1周歩いた時でした。私が泣いてないのに、隣で号泣している人がいて、つられ泣いていました。そこでようやく、結果を受け入れられました。実力が足りなかったのは確かです。ただ、その実力でさえも出し切れなかった。その事実が悔しくてたまりませんでした。
3日後スタッフ転向の話を受けました。
気が付いたら靴を履いていました。気が付いたらグランドで走っていました。気が付いたら流しを倒れるまでしていました。
その日の夕ご飯は、増子さんに連れて行っていただきました。話しを聞いていただく中で、悔しくて、悲しくて、周りを憚らず泣きました。増子さんが泣かせるようなことを言うからです。増子さんが悪いです(笑)。
夜に辻さんの部屋でも泣きました。父に電話して泣きました。翌朝、音楽を聴きながら泣きました。恐らく、10年分くらいの涙を流したと思います。
年末年始は生きている心地がしませんでした。12年間、自分の人生に当たり前に存在していた陸上、隣にあった夢。生きる理由を失ったようで、これからどうやって生きていこうかという喪失感で一杯でした。陸上も嫌いになりました。
振り返ると、もう一度前を向くきっかけをくれたのは今年の箱根駅伝なのかなと思います。1/3の大手町での報告会。走った選手の悔しそうな表情が印象的で、このチームにいたい、尽くしたいと、心から思いました。
我儘を言って3月まで全力で競技をさせていただき、平成国際大学記録会は清々しいラストレースができました。ラストレース、辻さんが走って下さっただけでなく、紺碧寮の同期にもわざわざ応援に来て貰えて幸せでした。ありがとうございました。
最後まで思うような結果を残せませんでしたが、この仮入部という立場に甘んじたり、中途半端な気持ちで競技に取り組んだりしたことは一切なかったと胸を張って言えます。それが自分の矜持であり、誇りです。
2026/4/26(日) THE CHALLENGE RACE 35 in 2026 21.0975km(71’57)
ラストレースの平成国際大学記録会の後に、心身を休めるために一度走ることから距離を置きました。しかし、4日目くらいで走りたくてたまらなくなり、やっぱり走るのが好きなんだなと再認識できました。この12年間という人生の約3分の2の歳月で、いつのまにか走ることが人生の一部となっていたようです。きっとやめたくてもやめられません。
そして、先日初ハーフを走りました。レガシーハーフに準エリートで出場するために記録を出すことが目的で、予定通りのペースでPRをすることが出来ました。ほとんど練習していなかったことを考えると上出来です。また、思いがけずゴールテープを切ることが出来て、純粋に嬉しかったです。
これまで、「もっと速くなれる」という思い一心で走ってきました。
しかし、ここまで走り続けてきたのは、中学時代に陸上が魅せてくれた景色があまりにも素敵だったからだと思います。競技生活は失敗と挫折の連続でした。しかし、どれだけ傷つけられても、時々覗かせる素敵な景色が好きだから。結局のところ、やめられなかった、やめる勇気がもてなかった。それも、理由の一つだと思います。けれども、それでいいのではないかなと、この1年を通して思えるようになりました。今が好きだから。それだけです。
「努力は夢中に勝てない」
私の小学生、中学生時代の恩師の言葉で、今も自分の中で大切に育てている言葉です。まだまだ、速くなりたいという渇望は消えていません。スタッフ業務に支障をきたさない範囲で、自分の競技も追い求めていきたいと思います。今年の目標は、レガシーハーフで1秒でも速く走ることです。自分の限界を決めず、目の前の課題を一つずつ克服しながら、自分のやり方で楽しんで走っていたら、いつの間にか速くなっていた。そんな陸上人生に出来たらなと思っています。
2026/10/18(日) 東京レガシーハーフ2026 ????
締めくくりとして、感謝を伝えたい方への感謝を綴ろうと思います。
この1年、ずっと隣を走ってくれた同期がいました(そう思っているのは自分だけかもしれないですが)。仮入部としての悩み、迷いを共有できたのは彼だけだと思います。きっと、彼がいたから今自分はここにいるのだと思います。いつまでも大切な同期の1人です。ありがとう。これからもよろしく!
仮入部として競走部で挑戦するという決断、スタッフに転向して部に残るという決断。私の決断を一切否定することなく、想いを尊重して背中を押してくれた両親にも感謝しかありません。あまり言えたことはありませんが、自分の理想の親の姿です。
長くなりましたが、最後に私が愛してやまないNELKEというバンドについて少しだけ書きたいと思います。結果が出て嬉しいとき、走れずに苦しいとき、気づけばどんな時もNELKEの楽曲に支えられてきました。楽曲が好きで、バンドについて知っていく中で、メンバーそれぞれが長年の下積みを重ねてきた背景を知り、分不相応ですが勝手に自身に重ねていつか花を咲かせてやろうと過ごしてきました。NELKEはドイツ語で「カーネーション」という意味を持ちます。花びらが集まり、一つの花として強く咲くように、Vo.Gt.RIRIKOさんが一人で作り上げてきた音楽が、一つのバンドとして力強く生まれ変わる(incarnation)という想いが込められているそうです。
長距離ブロックもまた、圧倒的な個の集合体だと感じています。
早いもので今年も4ヶ月が経ちました。駅伝シーズンまであと5ヶ月、箱根駅伝までは8ヶ月。きっとあっという間にその時はやってきます。
昨年度は仮入部という立場もあり、チームへの貢献の仕方について迷い続けていました。しかし今年は、覚悟と責任を持ってチームに貢献していきたいと思っています。日本一のチームには、日本一のマネージャーが必要です。まだまだ未熟で至らない点も多いですが、自分自身の経験を活かしながら、選手一人ひとりに寄り添える存在になれるよう、全力を尽くしていきます。
駅伝シーズンにその集合体が力強く咲くことができるよう、その一枚の花びらとして尽力していきたいと思います。
部員日記のタイトルの「花は散ったとて咲ける」は、NELKE初リリースシングルの「incarnation」の最後のフレーズです。
まだ、遅くはないかな。あか、しろ、きいろ、きっと色はなんだっていいから。
明日は、同じく長距離ブロック2年の木暮耀幸に引き継ぎます。
木暮とは同じ群馬県出身で、小学生からの知り合いです。初めて話したのは中学生の時かな(間違っていたらごめん)。当時の印象は、真面目で落ち着いている。それでいて、小さくて可愛いというイメージでした。しかし大学入学後、3年ぶりに再会したら身長は抜かされ、(いい意味で!)うるさくなっていてかなり衝撃を受けたのを覚えています。
昨年1年間、ポイント練習できつい瞬間、授業期間の遅刻ポイントが1人で不安なとき、落ち込んでいるとき、幾度となく木暮の底抜けの明るさに救われてきました。
木暮もまた、私と同じく選手からスタッフに転向した一人です。色々な思いを抱えていたと思いますが、人一倍チームに尽くす「しごできマネージャー」です。この立場になり木暮の凄さを肌で感じています。早く頼って貰えるように頑張るね。
そういえば、中学生以来一緒に走ったことない気がする。たまには一緒にジョグしたいな。とにかく明日はよろしく!
拙い文章でしたが、最後までお読みいただきありがとうございました。寒暖差の激しい日々が続いておりますので、体調にはご自愛ください。
それでは失礼いたします。








