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矢野夏希:活発婉麗
こんにちは。
中尾心春から引き継ぎました、跳躍ブロック4年の矢野夏希です。
だいぶ前に部員日記を頼もうとして『夏希とは4年生の引退リレーでしか受け取らないから』ときっぱり断られてしまいましたが、そこからずいぶん時間がたったようで彼女から回してもらえたことを大変嬉しく思います。
改めてありがとう^ ^
彼女は、とんでもなく強い精神力の持ち主です。
入学前から大きな怪我を抱え、その後も度重なる手術を経験してきました。
きっと彼女自身が思い描いていた理想の競技生活とは違う、苦しく葛藤の多い日々だったのだと思います。もし私だったら、何度も心が折れて立ち直れなかったかもしれません。それでも彼女は決して逃げることなく自分自身と向き合い、常に前向きに努力を続けていました。そのひたむきな姿に、私も「頑張ろう」と何度も背中を押してもらっていました。
この4年間、嬉しいことだけでなく辛いことや悩むこともたくさんありましたが、みはるんはどんな時も変わらない優しさで寄り添ってくれました。本当に最高の同期であり、心から信頼できる大切な友達です。普段「いつもありがとう!」と直接言うのは少し恥ずかしいので、この部員日記の場を借りて伝えさせてください。
今シーズン、彼女が復帰を果たした時のSlackでの結果を見た時は、嬉しさのあまり思わずすぐにLINEをしてしまいました。最後のインカレで一緒に同じフィールドで戦うことは叶わなかったけれど、最後まで諦めずに挑戦し続ける心春の姿は、本当にかっこよかったです。
みはるん、4年間本当にありがとう!
これからもよろしくね!
そして...これからもずっと、私の1番のファンでいてね笑
本当に久しぶりに部員日記を書かせていただいている私ですが、これが最後だと思うと感慨深いものです。
4年間は長いようで、本当に一瞬で終わってしまったように感じます。
まず初めに、この競走部という組織に所属するにあたり、大前さん、久保田さん、堀池さん、礒先生、その他のコーチ陣、先輩方、切磋琢磨してきた同期、後輩、いつでも私のことを応援し続けてくれた家族、遠藤コーチ......ここには記しきれないほど多くの方々のおかげで、何不自由なく競技生活を送ることができました。この場をお借りして、心より感謝申し上げます。
私は高校時代まで特に目立った実績もなく、誇れることといえば高校3年時に出場した初めての全国大会の徳島インターハイで8位入賞したことくらいです。今でも自分が特段に優れた競技者であるだなんて一度も思ったことがありません。こんな私が大学日本一をとれるなんて、と今でも自分に驚いています。
改めて、この4年間を振り返ってみました。
【大学1年目】
怪我に苦しみ、試合に出てもNM(記録なし)が続いた日々。何をしてもうまくいかず、怪我をしては治っての繰り返しでした。正直先が見えなくて、橋の下からみんなが走っている姿や楽しそうな表情を見ては、「自分は何をしているのだろうか?」と何度も思いました。本当につらい日々でした。
【大学2年目】
1年目の冬季練習前、今のコーチと出会い、ようやく自分の中で何かが変わり始めた時。日本インカレで優勝できるなんて思ってもいなかったけれど、大きなターニングポイントになりました。ようやく楽しく跳べるようになってきた時期です。
【大学3年目】
勝負することや、勝ち続けることの難しさを身にしみて感じた日々。「勝つこと」だけにこだわりすぎていたような気がします。もう少し冷静に、客観的に自分のことを見つめることができていればな......と今では思います。
【大学4年目】
年が明けてから自分の身に思っていなかったような出来事が起きました。落ち込むような日もあって、、、ようやく跳べた1M80!少し時間がかかってしまったけれど、跳べる時は本当に一瞬だったなと感じます。最後の日本インカレでもう一度勝つことができ、とにかく嬉しかったです。
入部した時のことを、今でも鮮明に覚えています。
先輩方には日本のトップや世界で戦うような選手がいらっしゃり、同期には全国制覇を経験している選手もいる。かたや自分は目立った実績もなく、大学で陸上競技を突き詰めるというのはこんなにも厳しいものなのかと間近で感じました。高校時代とのギャップもあり、
『入る場所を間違えてしまったのではないか?』と思ったのが正直な気持ちです。
それでもなんとか必死になって食らいついて、ここまで頑張ってきて本当に良かったと思っています。早稲田大学競走部に所属することができて良かったと、心の底から思っています。誇りに思います。
『早稲田記録の更新!』
これは入部当初に掲げた4年間の目標の1つでした。色々な場所で公言してきましたが、私の憧れであり、早稲田で陸上競技を続けたいと思ったきっかけでもある仲野春花さんの早稲田記録を更新したい!と、漠然とノートに書き留めたのが始まりでした。
2026年9月5日、最後の日本インカレ。
「1M84を跳ぶチャンスはここしかない」——そう心に決めて挑み、3回目でやっとクリアすることができました。
ずっと憧れていた春花さんの目の前で、最後のインカレで、最後の臙脂を着て、たくさんの人の前で跳ぶことができて、本当に良かったです。
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振り返ると決して順風満帆な競技生活ではありませんでしたが......後輩たちには、なんとしてでも頑張ってもらいたいです。そしてチャンスを自分の手で掴み取ってほしい。競走部で頑張り続けることに、自分なりの価値を見出してほしいなと思います。
そして、常に何事に対しても「感謝」を忘れないでいてほしいです。
私の数少ない経験から感じたことですが、競技をして結果を出した時にスポットライトを浴び、評価されるのはいつだって“選手”だけです。しかし、その結果を出せるようになるまでには、きっと多くの方々の応援や支えがあります。
少なくとも、私は「一人で競技をしている」「自分一人の力で高く跳べた」だなんて一度も思ったことがありません。私の周りには数え切れないほどたくさんの人がいて、その方々と一緒に跳んでいる気持ちでいます。
だからこそ、私に関わってくださっているすべての方々のお力添えが報われ、正しく評価されるような行動を、自分自身これからも心がけていきたいです。そして直接言葉にするのは照れくさいけれど、感謝の気持ちや思っていることは素直に言葉にも表現してほしいです。
伝えたいと思っても、、、手遅れにならないように。。
堀池さん、どんな時も私のことを応援してくださって、見守ってくださりありがとうございました。
遠藤さん、どんな時も私と向き合い続けてくださったことには感謝してもしきれません。
「コーチを日本一、いや世界一の指導者にすること」
それが、これから私が競技を続けていく上での大きな夢の一つであり、目標です。
そして家族にも感謝をしています。
いつもありがとう!まだまだ頑張ってみるね。。。
明日はハードルブロック4年の内藤香乃にお願いしました。
彼女とは何度か部員日記を回し合いしてきました。最後に誰へ渡そうかと悩んだ末、一番に思い浮かんだのはやっぱりカノちゃんの顔でした。
お気に入りショット??
カノちゃんとは、この4年間の多くの時間を一緒に過ごしてきました。同じ寮に住み、同じゼミに所属し、教職の授業も一緒に受けてきました。何かあればすぐにカノちゃんに連絡してしまいますし、「カノちゃんが言っているなら大丈夫だな...」という絶対的な安心感があります。
(ちなみに、カノちゃんのことが大好きな私の母も全く同じことを言っていました笑)
彼女は言うまでもなくエリート競技者で、数々の実績を持って入学してきました。
入部して間もない頃、“内藤香乃”という名前を見て「あ、この子知ってる!!!!すごい選手だぁぁあ!」と思ったのを覚えています。この4年間、カノちゃんの強さや人柄の良さを一番近くで感じることができて、私は本当に幸せ者だなと思います。
彼女は本当にマルチなアスリートです。ハードルを走らせても速いし、走幅跳でも遠くまで跳べる。私は足も遅く、恥ずかしながら走高跳しかできないので、心から尊敬しています。 入学してからは結果に思い悩むこともあったかと思いますが、いつも笑顔で、前向きに挑戦し続ける姿を私はずっと応援していました。 カノちゃんが幅跳びで初めて6m00を跳んだ日と、私が走高跳で初めて1m76を跳んだ日は同じ日でした。あの時、一緒になって全力で喜び合ったことを思い出して、、、懐かしいな。
カノちゃん、これからもたくさんお世話になります!
そして、これからも末永くよろしくね!
かなり長文になってしまいましたが、最後までお付き合いいただきありがとうございました。
今後も早稲田大学競走部へのご声援を何卒よろしくお願いいたします。
そして、4年間お世話になりました。
最後に、私ごとですが卒業後も競技を続けるチャンスをいただきました。
自分の可能性を信じ、挑戦するからには日本代表として世界で戦える選手になりたいです。
この夢を実現させるべく......今も前を向いて頑張っています!!絶対負けないからなぁ。
それでは失礼します。











