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部員日記

鈴木翼沙:ラストシーズン強いです



こんばんは。

上島から引き継ぎました、中距離ブロック4年鈴木翼沙です。

1年生の時に初めて部員日記を書いた時は、名前順で周子から回ってきたね。他己紹介は、同じ東京出身だというのにお互いに書く内容が薄くて、たしか私は「周子は100mから400mをこなすマルチランナーです」みたいな誰が見ても一目でわかる他己紹介をした記憶があります。

ですがこの4年間、実家から通う数少ない同期として、お互い励まし合って、

学バスや西武線でたくさん語り合って、ご飯にもたくさん行って‥

気がつけば、周子は私の陸上人生を語る上で絶対に外せない大切な存在になっていました。


冬季集中授業の後、電車で鴨川へ




周子は、どんな時でも自分のことのように喜怒哀楽を共にしてくれて、いつも100%全力で味方でいてくれます。辛い時、私は周子のその優しさに何度も救われてきました。

112代目の競走部の女子主将となってからも周子は変わらず、後輩や同期の話をよく聞き、一緒に悩んで、考えてくれる、そんな女子主将でした。

ラストシーズンの今年、大きな怪我があり周子にとって本当に苦しくて辛い1年だったと思います。

歩くのもままならないほど重い怪我の中で、必死にリハビリを重ねテーピングぐるぐるの状態で、グラウンドを走っていた姿が目に焼き付いています。

そんな女子主将の背中を見て、自分が得点を取らないと、頑張らないと、と覚悟を決めた女子部員も多かったはずです。かくいう私も、周子のその姿を見て覚悟を決めた1人でした。

周子、女子主将本当にお疲れさま。

そして、ありがとう。

最後の部員日記を周子から任せてもらえて、こんなに素敵な紹介文まで書いてもらえて、本当に幸せです。




正真正銘の「ラストレース」が来てしまうなんて。

引退という文字が私と結びつくなんて。

ついこの前、2学年上の筒井さんを号泣しながら送ったのに、気がついたら今度は私が見送られる番になりました。寂しいです。


中学校から始まった私の陸上人生は、本当に周りの人に恵まれていたなと思います。


陸上部に入りたい私の背中を押してくれた先生と、その陸上部で可能性を見出してくれた顧問の先生、生意気な私を見捨てず指導してくださり、全国まで連れて行ってくれた高校の顧問の先生、引退したのに練習を引っ張りに来てくれた先輩、夏から早稲田を目指すと言った私を応援し続けてくださった川村さんと金本さん。唯一の高校同級生として2人で切磋琢磨してきた同期。

調子が上がらず藁にもすがる思いで連絡をした時に手を差し伸べてくださった栄養士の先生と高校のコーチ、

そして一緒に練習をした仲間や応援の言葉をかけてくれた人、ここには書ききれないほど本当に多くの方に心動かされ、支えられてきました。

この場をお借りして、感謝申し上げます。


こんなに多くの方に支えてもらったお陰で、大学4年生の今シーズンにしてようやく、高校ぶりとなる自己ベストを更新することができました。

タイムは2分9秒49

陸上をはじめてから密かに夢を見ていた2分1桁です。

決してここまでの道のりは順調ではなく、凸凹で穴だらけの過酷な道でした。

走る度にタイムが落ちていったり、身体が宙に浮いたようにふわふわして前に進まなかったり、どうして走っているんだろう、と何度も悩み、自分を信じ切れない時もありました。それでも最後まで走ることができたのは、前を向かせてくださったり、どんな時でも私を応援し続けてくれた人たちがいたからです。


大学2年の冬ごろから中距離コーチとして、共に考えてくださった江本コーチ。私の考えにも耳を傾け、共に悩んでくださったことには、感謝の言葉しかありません。

今年の3月頃、「いよいよラストシーズンだ」という話になった時、私が冗談めかしく「私、ラストシーズン強いんですよ」と言ったら「意外とそういうのは当たるよ」と言葉を返してくださいましたよね。

私はその言葉をお守りのように、レース前に不安な時に「私はラストシーズンが強い」と心の中で何度も繰り返してきました。結果、高校ぶりのベストを今シーズンに3回も更新することができました。

やっぱり私、ラストシーズン強かったみたいです。


そして4年間共に戦い抜いた同期。タイムが出ず辛い時期にも、変わらず私のそばにいてくれた同期たち。

特に、同じ中距離ブロックの岩下と水嶋。この2人に、何度笑わされ、泣かされ、衝突してきたか分かりません。それでも、最終的には目指していたところは同じ。筒井さんが作ってくれた中距離ブロックを強くすることでした。2人はその想い通り、インカレを始めとした対抗戦で点数を持って帰ってきてくれて、早稲田の中距離、を体現してくれていました。

私も2人に並びたかった。

この4年間何度も、冷静な岩下の言葉にハッとさせられ、水嶋の熱い言葉に前を向いてきました。この2人がいたから、私は最後まで800mという種目と向き合うことができました。ありがとう。


10年間も陸上だけをしてこられたのは、両親がいたからです。

陸上競技を始めてから今までの10年間、本当にお世話になりました。私のファン1号2号として、小さな大会から遠征の試合まで応援に来てくれたよね。ラストシーズン、ようやく自己ベストを更新できたのは間違いなく、2人がいてくれたからです。

絶対に母のご飯が私のベストの理由のうちの一つです。10年間、欠かさず栄養を考えた食事を作ってくれて本当にありがとうございました。


「結果が出るまで、目の前のことをやり続ける」

本当に当たり前で基本的なことですが、my格言として信じ、実行し続けて、ようやくベストが出ました。

もし、つまずいたり、どうしよう、と悩んだ時には、なんか誰か先輩が言ってた気がする、なんていって思い出してみてください。

全後輩が活躍する姿を、心から楽しみにしています。


実は、まだ私にはレースが残っています。

私のラストレースはMDCの10月25日(日)です。

最後の800mを、全力で堪能しようと思います!


2人でベストを出した日



明日は、同じ中距離ブロック4年の水嶋優斗にお願いしました。

つい最近書いただろうに、受け取ってくれたありがとう。

水嶋とは同じチームで過ごして4年目になります。

水嶋は熱血な漢でありながらも、どこか掴みどころのない気まぐれさを持っています。

気まぐれだけど、自分がやる、と決めたことは絶対に外しません。スイッチが入ると雰囲気がガラッと変わって、呼吸をするのも阻まれるほどです。関東インカレ決勝前に招集場に向かう水嶋のことを今でも覚えています。

結果的に、表彰台にのぼり、早稲田に点数を持って帰ってくるのですから、本当に立派です。


水嶋が持っている引き出しは規格外で、人とは違うものをたくさん持っています。

人を惹きつける話術と、底なしの体力と、爆発力。

水嶋優斗とは、どんな人なのか?

4年が経とうとしている今も、その答えは出そうにありません。

けれど、水嶋が持つ「熱さ」が、私は誰がなんと言おうと、好きです。

その熱さが自分自身に向くこともあれば、後輩や私たちに向くこともある。そして、その熱さに触れるたび、私たちは何度も前を向かされてきました。


中距離同期が水嶋と岩下で、本当に良かった。

水嶋の熱さに、何度も動かされてきました。

3人でホクレンディスタンス士別大会に出れたこと、3人で早スポの全カレ対談をしたこと、ここには書ききれない思い出がたくさんあるけれど、全てが私の大切な宝物です。


昨日までの秋晴れとは一転し、冬の寒さが顔を出す季節となりました。

寒暖差の激しい日々が続いておりますので、みなさまどうぞお身体をご自愛ください。

それでは失礼いたします。