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部員日記

岡本漠久:光の跡

(自分が写真を撮るということをしなさ過ぎてツーショットがないので、こちらで。)


水嶋から引き継ぎました、トレーナーブロック4年の岡本漠久です。


部員として一番最後の部員日記は、彼から引き継ぐか、渡すかをどうしてもしたかった。


彼は、いうなれば「粋」を具現化したような人間です。高価で価値のあるものを惜しみなく使う、覚悟を決めた試合の敗北は全てを忘れて悔しがる、コーチの指摘にも自分を曲げられない、無名が優勝候補に噛みつく、、、など。


彼は全身全霊でこの競走部を、陸上を、世界を、事象を、受け止めます。そして、最も「粋」な方法で咀嚼し出力する。勝ち方も負け方も、怒られ方も怒り方も、ミーティングでの立ち回りも、人狼の最中も、彼特有の生きた「粋」の元、私たちに届きます。


皆さんはこれを読んでもほとんど理解できないでしょう。とあることを水嶋に指摘し、言い返されたコーチも画面の前のあなたと同じ顔をしていました。私も、これが正解なのかはわかっていません。けど、4年間、彼の隣にいて、彼の底知れない魅力を無理やり言葉に起こすのであれば、こんな感じです。


私はそんな彼に、大きな恩があります。

今まで人より少しできるというだけでくじけたことのない私の心が、広い世界を知り、残酷な現実を知り、音を立てて割れた時、彼は小さい瓶と共に私の家を訪ねてきました。彼は特に核心には触れず、ただただ雑で塩辛く最高にうまい飯を食べ、時間が許す限り話し込みました。あれが当時暗いトンネルを歩いていた私に、光を示してくれました。


本人はたぶん、私が彼のサポートを本格的にする前に、私が彼に救ってもらっていたんだなんてつゆほども思っていないでしょう。繊細だけど鈍感、恩着せがましいけど、無欲というちぐはぐな人間ですから。


でもいま、水嶋のおかげで、ここに残っていてよかった。競走部を辞めなくてよかったと、思えています。


トレーナーとして。ずっと俺を頼ってくれてありがとう。

部員として。あの時、家に来てくれて、引きとめてくれてありがとう。


岡本漠久として。俺をお前と在らせてくれて、ありがとう。


ずっと言えなかった、ありがとうを、惜しみなく伝えさせてもらいます。


おそらく、会う機会はどうしても、減るでしょう。ただ、私は家族・恋人・水嶋とだけは飲酒をするというルールを自分に定めています。一つステージが上がった彼と、語り合う日が心の底から楽しみでなりません。


・・・一つステージ、上がれるんだよな?単位、ダイジョブ、なんだよな??


わたしてくれてありがとう。受け取りました!


さて、今回の部員日記のタイトルは「光の跡」。部員として書く、最後の部員日記です。

普段はスポーツ科学と漫画やゲームと結び付けていますが、最後ぐらい、しっかり書こうと思い、まっすぐに、書いてみました。本文を書いた後にこの前置きを書いていますが、まっすぐすぎて恥ずかしいもんですね。

是非、お楽しみください。


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私は、4年生がトラとこで引退して以来、いまだに、競走部の練習に出席しています。


水嶋の部員日記であったよう、まだ確定ではありませんが、競走部の院生SCとして、来年活動させてもらう可能性があります。なので、アスリートにとって大事な冬季のストレングスや継続的な支援、教育を今のうちからできないかと後輩たちの支援を行っています。


短距離ブロックの後輩は現在は絶賛解散中ですが、最後のシーズンまで自分にできることはないか、苦しみながらも来年への鍵を必死に探していました。


もちろん、長距離は絶賛シーズン中。同期のトレーナーに任せるところは多いですが、短距離のSCコーチ(仮)と両立しながら、長距離のサポートもより強化しています。全日本駅伝も目の前で練習に熱が入ってきていて、グラウンドはアツい雰囲気で包まれています。


そんなグラウンドに訪れ、私は思います。


関口のちぐはぐで着地点が見つからない主将あいさつ、高須の人を小馬鹿にしたような意味不明で音感だけの謎言語、由井のハム痛を訴える「ぃやばいっす。」の一言。もう、グラウンドで聞くことはありません。


和ちゃんの集中しているのか何も考えていないのかよくわからない顔、岩下の表情筋が死んでるのかと思うぐらいほとんど変わらないのぺっとした顔、森田の俺の顔を見るとにやにやし始め、何かを俺に頼んできそうな若干腹が立つ顔、もう、グラウンドで見ることはありません。


片山の不安そうな「はしれるかなぁ?」という相談、佐々木の「今日のウエイトどうしようか、こういうのみんなでやりたいんだけど」という相談、水嶋の「ここ最近こういう感じなんだけどどう思う?」という相談。もう、グラウンドで受けることはありません。


上島の300mの走っているときのあの目、矢野のドリル中の集中しきっているあの目、中尾のリハビリテーションに取り組みながら静かに闘志を持ち続けるあの目。もう、グラウンドで見ることはありません


つばささんの練習前に後輩と話しているときの笑顔、内藤のきつい練習が終わった時の笑顔、まなさんのウエイトがおわってやり切った時のあの笑顔。もう、グラウンドで見ることはありません。



ああ。寂しい。


俺のなかでは、こんなにもお前らは大きな存在だったのか。

そう痛感する日々です。


ただ、それでいいんです。そんなもんです。そういう仕事ですから。トレーナーとして、SCとして、自立して、自分の最大限のパフォーマンスを今のクライアントにぶつける、それぐらい、私にはできます。


彼らの顔が、声が、笑顔が、目を閉じた時に、光の跡のように、自分の中に、残っているだけで、十分なんです。


でも、みんなに一つだけお願いがあります。


みんな、もうちょっとだけここで頑張る力をおくれ。みんなの背中を見て育った後輩を、みんなと並んで走った長距離を、望むところへ連れて行けるように、頑張るからさ。


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明日は、トレーナーブロック長、丹野にお願いしました。


丹野は、自分の立場を、過小評価しがちな人間です。丹野自身の実力や視座は高いのに、特にそれを誇示したりせず、何かを言われても受け止め、なぜ言い返さない!と私はもどかしい思いをしたことが多かったです。強きにはうまく立ち回り、弱きにはうまく寄り添う。私の考えとは真逆の、ブロック長でした。


そんな丹野と私は、犬猿の仲でした。今後、この先、仲がとっても良くなる!!なんてことは一生ないでしょう。

この4年間、多くの言い合いも、多くのいざこざも、多くの殴り合いの喧嘩(ウソです)もしてきました。


けど、結局どうにかうまく行くようで、ブロックは、最終的にはうまく回りました。

そして、犬猿の仲、とは言いますが、お互いとのうまい距離感のつかみ方も、4年間かけて、じっくり習得していったようです。

最後の1年は、どうだったんだろう、俺はある程度良かったと思ったけど、丹野はどう感じているのだろうか。これで変わらずめちゃくちゃやりにくかった、みたいなことを言われたら、泣泣ですね。


私は、同期のトレーナーとの接し方を、大きく間違えていたと思っています。対抗心メラメラ、いかに自分が良いトレーナーになって選手のためになるか、若輩のくせに考えていました。やる気がある無能は、周りに害しか与えないのに、です。なので、ただ協力してしまえばいいところも、個人プレーにしてしまったり、重要ではないところで不必要に論理的に詰めてしまったりをしていました。


丹野ひとりのおかげで気づいた、というわけではなく、正確には同期との話し合いの中で気づいたのですが、そういった間違いに気づき、ちょっとでも修正できたのは、彼女らが単に優しかったからだと思います。

そういったことを通して、トレーナーとして、新たに大事なことに気づけたのも、3人のおかげでした。


謝ることは、こんなこと以外にいっぱいあるし、償うことはもうできないけれど、


いろいろ迷惑をかけて、ごめんなさい。本当に、ありがとう。


丹野とはこれからも長距離の最後までもう少しだけ付き合いが続きます。


でも、この部員日記をきっかけに、何かを変えるつもりはありません!傲慢で、暴走列車で、不躾な岡本ですが、残念ながら、変わりません!


最後まで、よろしくね。明日は頼みます。


さて、この先、部員日記を書くことは、おそらくあると思いますが、そこでは立場が変わっていると思います。

学部生として、最後に書く部員日記、まっすぐすぎて、恥ずかしいって人もいるかもしれませんがまぁまぁ、最後ですから、許してくださいよ。


ここから寒い季節がやってきますが、うちの駅伝にはとても強い熱がこもっています。みなさま、暖かくして、私たちのアツいレースを、是非、楽しみに待っていてください。


では、また。