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部員日記

関口裕太:憧れ


こんにちは。

森田から引き継ぎました。112代目主将の関口です。まずは4年間、同じチームで、同じ目標に向かって戦ってこられたこと。本当に幸せだった。ありがとう。そして、陸上競技生活、本当にお疲れ様。紹介文で「いろいろと背負わせてしまった」と言っていたけれど、それは俺も同じ。森田にもたくさんのものを背負わせてしまったと思う。それでも、森田が隣にいてくれたからこそ、俺もここまで諦めずに走り続けることができた。本当にありがとう。これまで背負ってきたものから解放される安心感と、もう臙脂のユニフォームを着て走ることができない寂しさ。きっと今はいろいろな感情があると思う。正直、俺は森田にまだ陸上競技を続けてほしい気持ちでいっぱいです。でも、森田にとっては、臙脂を着て、仲間と共に戦うことにこそ意味があったのだと思う。それほどの覚悟と誇りを持って、この4年間を競走部に捧げてきたことは、誰よりも近くで見てきたからこそ分かる。

だからこそ、同じ陸上競技という土俵から、大切な仲間が一人降りることを考えると、やっぱり寂しい。それでも、森田と共に過ごしたこの4年間は、俺にとって一生の財産です。競走部への想いの強さは、森田には誰も勝てんよ。いつか、この4年間の苦しかったことも、悔しかったことも、笑いながら懐かしく語り合える日が来るまで、お互いそれぞれの道で頑張ろう。

今まで本当にありがとう。

そして、これからもよろしく。




さて、皆さん。ここまでの4年生の部員日記はご覧になったでしょうか。一人ひとりが歩んできた道、早稲田で経験した出来事、そして競走部に対する想い。それぞれの4年間が詰まった、本当に素敵な日記ばかりでした。そんな4年生の最後を締めくくるのが、私の部員日記です。正直、何を書けばいいのか。

最後ということもあり、少しプレッシャーを感じています。それでも、最後くらいは飾らずに、関口裕太らしく。この4年間で感じたこと、今だからこそ伝えたい想い、そしてこれまで支えてくださった方々への感謝を、自分の言葉で綴ろうと思います。早稲田大学競走部で過ごした4年間。高校でブレイクする前、私は早稲田大学競走部という組織の存在すら知りませんでした。

そんな私がインターハイで優勝し、早稲田大学競走部という存在を知り、臙脂のユニフォームに憧れ、「W」を背負って戦う姿に心を奪われていきました。そして、いつしか「この大学で走りたい」「このチームの一員になりたい」という想いが、何よりも大きくなっていました。あの頃、ただ純粋に憧れていた場所。その場所で4年間を過ごし、最後には112代目主将として競走部の先頭に立たせていただいたこと。振り返ってみると、本当に夢のような4年間だったと思います。私を早稲田へと導いてくださった恩師であり、競走部OBでもある田村先生。そして、私を迎え入れてくださった大前監督をはじめ、コーチ陣の皆さん。本当にありがとうございました。

私はこれまで、たくさんの方々に支えられて競技を続けてきました。誰かが何かを成し遂げたとき、「周りの支えがあったからこそ」と口にすることがあると思います。私もその一人です。

ただ、私にとってこの言葉は、決してありきたりな感謝の言葉ではありません。苦しいときに手を差し伸べてくれた人。結果が出ないときも信じ続けてくれた人。怪我で走れないときも、変わらず声をかけてくれた人。

そして、どんなときも隣で共に戦ってくれた仲間。その一人ひとりの存在がなければ、今の私は絶対にいません。決して、自分一人の力でここまで来られたわけではありません。だからこそ、大学最後の1年間は、これまで支えてくださった方々に、結果で恩返しをしたいと強く思っていました。そして、112代目主将として、誰よりも競走部の勝利を願い、誰よりもその責任を背負い、最後は結果でチームを引っ張っていきたいと思っていました。しかし、現実はそう簡単ではありませんでした。思い描いていたような結果を残すことはできず、支えてくださった方々に、結果という形で恩返しをすることができませんでした。


本当に悔しかった。


自分自身の結果だけではなく、主将として、もっとチームのためにできたことがあったのではないか。もっと違う形で仲間を導けたのではないか。振り返れば、後悔することもたくさんあります。それでも、この4年間を否定することだけはしたくありません。うまくいったことよりも、うまくいかなかったことの方が多かったかもしれない。嬉しかった日よりも、悔しくて眠れない夜の方が記憶に残っているかもしれない。それでも、早稲田大学競走部で過ごした日々は、間違いなく私の人生においてかけがえのない時間でした。勝ったときに一緒に喜んでくれる仲間がいて、負けたときに一緒に悔しがってくれる仲間がいる。苦しい練習を共に乗り越え、同じ臙脂のユニフォームに袖を通し、同じ目標に向かって本気で戦う。そんな当たり前のように過ごしてきた日々が、どれほど幸せなことだったのか。終わりを迎えた今、改めて感じています。そして、主将という立場になって初めて見えた景色もありました。自分のことだけを考えていればよかった頃とは違い、組織のことを考え、仲間のために決断しなければならない場面もありました。自分の未熟さや力不足を痛感することもありました。それでも、最後まで主将として立ち続けることができたのは、私を信じ、支えてくれた仲間がいたからです。

私は決して、完璧な主将ではありませんでした。それでも、こんな私についてきてくれた仲間たちには、感謝してもしきれません。

結果で恩返しをすることはできなかったかもしれない。

でも、この4年間でいただいた恩や、かけてもらった言葉、共に流した汗や涙は、これから先も絶対に忘れません。

そして、いつか競技者として、また一人の人間として成長した姿を見せることが、私にできる新たな恩返しだと思っています。早稲田に来てよかった。この仲間たちに出会えてよかった。

そして何より、臙脂を背負って戦うことができて、本当によかった。私の人生において、この4年間は間違いなく誇りです。関わってくださったすべての皆さん、本当にありがとうございました。




明日の部員日記は、113代目主将となる渕上にお願いしました。陸上競技に対する熱量、自己分析力、そして選手へのコーチング。どれをとっても素晴らしく、私自身も尊敬している後輩の一人です。同期や後輩はもちろん、私たち4年生から見ても、可愛くて、本当にいいやつです。そんな渕上が、これから113代目の先頭に立ちます。主将という立場は、決して華やかなことばかりではありません。むしろ、苦しいことの方が多いかもしれない。自分のこと以上に組織のことを考え、時には仲間のために厳しい決断を下さなければならないこともあります。

誰にも正解が分からない中で、決断を迫られることもあると思います。

それでも、自分が信じた道を貫いてほしい。

その覚悟と姿勢は、必ず仲間や後輩たちに伝わるはずです。そして、主将という立場になって初めて見える景色があります。これまで見えていなかった仲間の想いや、組織を背負う責任の重さ。そして、その先にある、主将にしか味わえない喜びや感動。そのすべてを、仲間と共に全力で噛み締めてほしい。一人で全部を背負う必要はありません。渕上の周りには、信頼できる仲間がたくさんいます。苦しいときこそ仲間を頼り、仲間を信じ、最後まで自分らしく突き進んでほしい。渕上なら、きっと大丈夫。113代目がどんなチームをつくり、どんな景色を見せてくれるのか、今から本当に楽しみにしています。