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佐藤カルタ:白臙脂
筒井から引き継ぎました、短距離ブロック4年の佐藤カルタです。
筒井の紹介文にもあった通り、僕らは4年間本当にずっと一緒にいました。所属コースやゼミに限らず、時間割まで一緒だったため、互いに大学で競走部以外の友人が少ないのもいい思い出です。だからこそ最後の部員日記が筒井から回ってきたことを嬉しく思います。僕が双子の弟という設定も、ある1つの決定的要因を踏まえ受け入れましょう(笑)。
筒井のレースで印象的なものがあります。2年時の六大学対抗戦です。いつも一緒に行動していた筒井が臙脂を背負って六大学対抗戦の舞台で活躍していました。「こいついつの間にこんな強くなったんだ」と驚愕しました。それからも筒井は関東インカレ入賞、1分48秒台を叩き出すなど、活躍は止まりませんでした。本人は納得しきっていないようですがそれも含め「本当にすごい奴だな」と思っていす。今でこそ中距離は「中距離ブロック」として扱われていますが、この大元をつくったのは間違いなく筒井の活躍でしょう。急にブロック長になり、3年時には4年生に混ざって幹部も任され、僕にはわからない責任感やプレッシャーがあったと思います。今では中距離ブロックは対抗戦の得点源といえるほど成長しました。これを築き上げた筒井のことを本当に尊敬しています。ですが陸上競技は勝負の世界、明日のレースは前回の雪辱を果たさせてもらいます。楽しみつつも本気でぶつかりましょう。
「17」という数字に関して、色々考えてみたのですが全く見当もつきません。一緒にご飯に行った回数にしては少なすぎるし、年の差にしては開きすぎています。「0.17か?」とも考えてみましたがそれも違うようです。そんな中で僕なりに一つ答えを出しました。「筒井の寮に泊まった回数」でどうでしょうか。少々多すぎる気もしますがそれくらい泊まったようにも感じます。さぁ答え合わせは明日。合っているでしょうか。
最後の部員日記となります。
同期・後輩・卒業されていった先輩・監督・コーチ・家族・10年間関わってくださった仲間、すべての方々に感謝申し上げます。
本当にありがとうございました。
皆さんは早稲田大学競走部のユニフォームと言われるとどんなデザインを思い浮かべるでしょうか。ご存じの方もいらっしゃるとは思いますが、早稲田大学競走部のユニフォームは2種類あります。1つ目は駅伝等で有名な「臙脂」のユニフォーム、2つ目はサムネイルにもなっている「白臙脂」と呼ばれるユニフォームです。早稲田大学競走部では基本的に、臙脂のユニフォームは大会期間に一時的に付与する、白臙脂のユニフォームは入部時に全員に提供するという形がとられています。使い分け方はシンプルで、対抗戦や駅伝、グランプリシリーズなど、規模の大きな大会では臙脂を、その他の大会、記録会では白臙脂を着用します。あえて言葉を選ばずに言うと、臙脂のユニフォームは強い選手しか着ることが出来ないユニフォームなのです。だからこそ「臙脂を背負う覚悟」という言葉が生まれたのでしょう。私は4年間で3回臙脂のユニフォームを付与していただきました。全て補欠で出場機会はありませんでした。そのため入部後59レース全てを白臙脂で走りました。おかげで僕の白臙脂は穴だらけでボロボロです(笑)。臙脂のWに憧れて入部を決意した僕にとって、臙脂を背負って走ることが出来なかったことが唯一にして最大の後悔です。偏に自分の力不足ですが。
話は変わり、明日の「ところざわアスレチックフェスティバル」でついに陸上人生ラストレースを迎えます。最後は短距離選手らしく100m、200m、400mに出場します。
4年間を振り返ると苦しい思い出が9割5分を占めているように感じます。1年時は環境の変化に適応できず、2年時はケガに苦しみ、3年時は成長できない自分に失望しました。ラストシーズンとなった今年は5年ぶりに殻を破り、計5回自己記録を更新しました。ラストシーズンの底力だと感じています。
そんな3年間苦しみ抜いた僕から後輩(主に一般入学の選手)に向けてアドバイスがあります。聞き流す程度に聞いてみてください。
早稲田大学競走部で陸上競技を行うには競技力のほかにある程度の学力が必要となります。そうなると必然的に進学校で陸上をしていた選手が集まります。そのような選手の多くは高校時代に敵なしの環境で練習してきたでしょう。しかし競走部に入ると化け物みたいな先輩や同世代トップの選手と練習する日々を送ることになります。その中で決して焦らないでください。焦ってぐちゃぐちゃになりながらついていっても逆効果です。もちろんやり切る根性やがむしゃらに食らいつく精神は重要です。しかし力の差を考えると無理なものは無理なんです。だからいつか追い越してやるという気持ちを持ちながら、追い込みつつ、自分のやりたい動き、出来るウエイトの重さを考えながらトレーニングしてください。僕はこれができたのは3年の冬季練からでした。わかっていてもその勇気を一歩踏み出すことは難しいものです。別にメニューで遅れることは悪いことじゃない。軽い重量でウエイトトレーニングをすることは悪いことじゃない。すべて考えがあれば自分のためになるはずです。
これが僕からできる最大限のアドバイスです。3年間失敗し続け、最後の1年で成功した実体験なので的外れではないと思ってます。応援しています。頑張って下さい。
明日は短距離ブロック4年の大竹春樹にお願いしました。なんだかこれからも関わりが深そうなので、、
大竹は早稲田大学競走部の理想像を象徴するような選手でしょう。全国大会出場経験のない中、付属校から入部し、先日の日本インカレでは学生記録を打ち立てました。まさに一般入部生の理想像です。ですがそんな大竹も長く苦しい期間があったことを僕は知っています。ずっと10秒5台をさまよう時期や大竹の組だけ向かい風もしくは追い風参考と中々実力を発揮できない時期が続いており、本気でお祓いを考えている時期もありました。そんな彼が日本インカレの舞台で学生記録を打ち立て、カメラのフラッシュに囲まれている姿を見て感動しなかった同期はいないでしょう。クッソカッコよかった。
大竹は物怖じしないタイプの人間なので僕はよく頼っていました。良い時は良い、悪い時は悪いとはっきり伝えてくれるため本当にありがたい存在でした。実際大竹のおかげで僕も速くなれたし感謝してもしきれません。本当にありがとう。
最後に僕だけかもしれませんが大竹のLINEのホーム画面が六大のリレーで頭を抱える画像から、学生記録を出してガッツポーズする画像に変わったことが激アツでした(笑)。明日はよろしく!
寒暖差が激しい日々が続いています。どうか体調にはお気をつけてお過ごしください。
4年間ありがとうございました。