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部員日記

花田勝彦:気持ちはまだ20代です

こんばんは。

瀬間から引き継ぎました、駅伝監督の花田勝彦です。平成6年(1994年)卒で、今年6月に54歳になります。


競走部は、今でも『礼に始まり礼に終わる』という素晴らしい精神が引き継がれています。

全体集合で挨拶をし、練習の終わりも、私がグラウンドにいる時は選手たちは必ず挨拶に来てくれます。この日もいつも通り、瀬間が挨拶に来ると、『僕の次に部員日記、お願いできますか?』

とサッカーが得意ではない私にキラーパスを出してきました。

スルーしようかと思いましたが、

『過去には礒先生も書かれたことがあるみたいですよ。』

という白石主務からのセンタリングが上がったため受けることにしました。

花田さん、部員ですか?と素朴な質問も受けましたが、実は回ってきてちょっと嬉しかったのと、合宿所のコーチ部屋に週の半分は住んで、選手たちと寝食を共にしているということで、今回はご了承ください。


瀬間は、私の高崎の自宅からほど近い東京農大ニ高出身です。群馬県に住むようになって21年目を迎えた私にとって、群馬出身のアスリートは我が子のように応援したくなります(実際に長男と同い年です)。この冬の鍛錬期を経て、走りにもオーラが出てきた瀬間選手の走りに、ぜひ皆さんもご注目ください。

胴上げ、楽しみにしてます!


今年の1月3日、第101回箱根駅伝が終わった後の慰労会で、

『来年の箱根駅伝では優勝目指して頑張ります!』

と私は宣言してしまいました。

往路復路の2日間、監督車から選手たちの熱い走りを見て、私も学生に戻ったような気持ちになったからかもしれません。また、ゴール後、

『抜かれてすみませんでした。悔しいです!』

私の胸で涙を流した菅野の言葉にも、心を大きく揺すぶられたのもありました。


3年前のちょうど今ごろ、瀬古さんに誘われて所沢のグラウンドに私が初めて来た時には、半数以上の選手がケガなどで走れない状態でした。グラウンド倉庫の扉に張られた目標『駅伝三冠達成』の文字に現実味はなく、閑散としたムードにショックを受けました。

しかし、集合した選手たちに、瀬古さんと私が熱く語りかけると、伏目がちだった選手たちは顔を上げ、そのうちの何人かは私に訴えかけるように熱い視線を送ってきました。モノトーンだった選手たちの瞳に、臙脂(エンジ)の炎が灯ったような気がしました。

その小さく灯った情熱の炎は、この3年間の取り組みで勢いを増し、今ではチーム全体を照らす大きな松明のように、自信に満ちた炎へと変わりつつあります。


いまグラウンド倉庫には、

『箱根駅伝総合優勝  

    One早稲田 

インカレ総合優勝』

という目標が張られています。(部員の書です!)

短距離など一般種目に長距離も加わって、競走部全体として、『One早稲田』として戦える準備は整いつつあります。


早稲田大学の校歌の3番に、

『〜集まり散じて人は変われど、仰ぐは同じき理想の光〜』

とありますが、ここは私が一番好きなところです(なので最近、校歌斉唱で1番しか歌わないのは寂しい)。

この3年間で選手たちの多くは入れ替わりましたが、校歌にある通り、高い目標や理想を持って取り組む選手が競走部内でも増えてきたと感じています。あとはそれを結果として形にするだけです。私はその先頭に立って彼らを鼓舞し、彼らの進む道を作る存在となれれば最高です。


明日は長距離ブロック3年の小平敦之にお願いしました。寮に泊まった翌朝は私も朝練習に出ますが、選手たちよりも少し早めに起きて寮を出るようにしています。しかし、小平は私よりも先に寮の玄関にいてストレッチをしています。今朝、その背中が『任せてください』と語っているように感じたのでお願いしたところ、快く引き受けてくれました。

小平も瀬間同様にこの冬に力をつけてきた選手の1人です。宮古島大学駅伝、エキスポ駅伝と経験を積み上げ、先月末の日体大記録会5000mでも自己新記録を叩き出しました。

政治経済学部で学ぶ『文武両道』のど真ん中をいく素晴らしい学生ですので、推しメンとして瀬間同様にご注目ください。


部員ではない私の話を最後まで読んでいただきありがとうございました。明日からは皆さんお待ちかねの部員日記がリスタートします。

引き続き、競走部の応援をよろしくお願いいたします。

また、最後になりましたが、駅伝強化プロジェクトの第二弾クラファンにも多くのご支援をいただき、本当にありがとうございました。

それでは失礼いたします。