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部員日記

松本悠斗:覚えていますか

こんばんは。堀野より引き継ぎました。短距離ブロック1年の松本悠斗と申します。


堀野は長距離ブロックの選手なので練習を共にすることはありませんが、クラスが同じであり、また寮生活を共にする仲間として、すぐに打ち解けることができました。これからの4年間、どうぞよろしくお願いします!


初めての部員日記ということで私の自己紹介をさせていただきます。佐賀県佐賀市出身で佐賀北高等学校を卒業後、今年の春に早稲田大学に入学いたしました。佐賀は電車の本数がそれほど多くないため、最初は乗り換えの際、何度も乗り間違えて大変でしたが、ようやく少しずつ慣れてきたように感じます。


私が陸上競技を始めたのは、小学4年生の頃でした。始めたきっかけは非常に単純なもので、サッカークラブの体験に行く前に、先に陸上クラブの体験に参加したという、ただそれだけの理由によるものです。振り返ってみれば、あの時の選択があったからこそ、今こうして早稲田大学競走部の一員として部員日記を書かせていただいているのだと思います。



ここからは、これまでの私の競技人生について話させていただきます。小学4年生のとき、地域の陸上クラブの体験会に参加したことをきっかけに、多彩な種目がある陸上競技の魅力に心をひかれ、陸上を始めることを決めました。しかし、1年ほど経った頃、コーチの体調が優れず、入院されることになりました。そのため、しばらくの間はコーチ不在の状態で練習に取り組むこととなってしまいました。そんな時、のちに高校でお世話になる恩師の先生が声をかけてくださいました。私が「中学生になったら、地元の中学校には陸上部がないので、他の部活動に入るつもりです」とお話ししたところ、「君のしなやかな走りや体格を活かさないのはもったいない」と言ってくださり、小学6年生になったタイミングで、別の陸上クラブに入ることになりました。そこで新しく出会ったコーチの方には、走り方の基礎の基礎から丁寧にご指導いただき、やがて県大会でも上位に入賞できるほどに成長することができました。


ここからは、私の濃くて充実していた中学時代についてお話ししたいと思います。私の地元の中学校には陸上部がなかったため、小学生の頃に指導してくださった方が、別の中学校の顧問の先生に「面倒を見てもらえないか」と相談してくださいました。すると、その先生は快く引き受けてくださり、私はその中学校で陸上の練習を続けることができるようになりました。しかし、通学先の学校は変わらなかったため、私は帰りのホームルームが終わったあと、自転車で20分ほどかけて別の中学校の陸上部の練習に参加していました。全力で自転車を漕いでいたので、着く頃には体がすっかり温まっていて、いい意味でちょうど良いアップになっていました(笑)。別の中学校から通っていた私を、快く受け入れてくれた生徒のみなさんや顧問の先生には本当に感謝してもしきれません。


話は変わりますが、大学生になって初めて「インカレ」という舞台を経験させていただいた際に、強く感じたことがあります。
それは、誰からもネガティブな言葉が一切出てこなかったということです。当たり前のことのように思えるかもしれませんが、チームの中から選抜され、代表として出場する以上、勝つことが求められます。その大きなプレッシャーの中で結果を出すというのは、決して簡単なことではないと思うからです。この4年間で、どんな状況でも自分の力を出し切り、勝ち切る力を持つ選手へと成長したいと思っています。そのために、常に考えることをやめず、自分自身と向き合いながら、陸上競技に真摯に取り組んでいこうと思います。


明日の部員日記は同じ短距離ブロックの村松悦基です。彼とは2022年の栃木国体・少年B 100mの予選で、隣のレーンで一緒に走りました。覚えていますか?

これからの4年間、お互いに切磋琢磨しながら頑張ろう!!


拙い文章でしたが、最後までお読みいただきありがとうございました。それでは、失礼いたします。